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February 9, 2018

夜の椅子

卯月
「門の花静かに白し花曇(はなぐもり)」 原石鼎
沈丁花(じんちょうげ)でしょうか、雪柳(ゆきやなぎ)でしょうか、それとも、花水木(はなみずき)でしょうか?ただ、「静かに白し」とあるだけでは、「門の花」を特定することはできませんが、季語となっている「花曇」とは、この時期の曇り空のことをいいます。少なくとも、青空より、むしろ曇り空の方が風情をかもす桜の花には、中世からの美的理念にある「幽玄」という言葉がよく似合います。

皐月
「小障子に菖蒲(しょうぶ)の影や夕月夜」 正岡子規
この陰翳(いんえい)の濃淡 あるいは、その美学と光学の淡いには、後に、谷崎潤一郎の代表作となる「陰翳礼讃(いんえいれいさん)」に通底するものを感じます。ちなみに、この感覚は、英語圏よりも、フランスの著名哲学者(ベルクソンやドゥルーズら)に広く受け入れられ、ミシェル・フーコーなどは、その様子を「美のかたちそのもの」、「濁り水にさした光のような美」などと形容しています。

水無月
「紫陽花(あじさい)に雫(しずく)あつめて朝日かな」 加賀千代女
諸説ありますが、紫陽花の語源は「藍色(あいいろ)が集まったもの」という意味の「あづさい(集真藍)」。土壌の酸性度(pH値)によって花の色が変わり、一般的には酸性ならば青、アルカリ性ならば赤になるといわれています。また、時間の経過によっても、その色が刻々と変化したりすることから、別名、「七変化」、「八仙花(はっせんか)」とも。ちなみに、学名上(ギリシア語)は「水の器」です。

文月
「蝉しぐれ庇(ひさし)の下を通い路に」 大野林火
昼間の強い日差しにより、巨大な積乱雲(一万メートル級)が発生すると、急に雷を伴った大雨を降らせる「夕立」。洗濯物を取り込んだり、雨宿りの場所を探したりと大忙しなのは、何も人間に限ったことではありません。それでも、夕立が去ると打ち水をしたかのように気温が下がり、過ごしやすい夜を迎えられます。ときには、蒸発してゆく雨の香りを楽しむのも良いものです(アスファルト以外)。

長月
「縁側の一番端の月見かな」 山口青邨
旧暦でいうところの「十五夜」は毎月ありますが、今月のそれは九月二十四日(新暦)となり、いわゆる「中秋の名月」にあたります。中でも、最も視野角の広い「縁側の一番端」は特等席かもしれません。ちなみに、雲に隠れて見えなくなってしまうことを「無月(むげつ)」といい、晩に雨が降ることを雨月(うげつ)」といいます。たとえ、月が見えなくとも、仄明るい風情を愛でる古来よりの風習です。

神無月
「いちじくをもぐ手に伝ふ雨雫」 高浜虚子
「花が無い果物」と書いて「無花果(いちじく)」。確かに、一見すると無花果の枝には花らしい花が咲くことはありません。しかし、実際には実の中に隠れて花が咲くという、風変わりな仕組みになっています。しかも、花があるといっても花びらはなく、花とは思えない姿をしています。というわけで、解題。「もぐ手に伝ふ雨雫」には、雨だけではなく、果汁(花汁?)も含まれているかもしれません。

霜月
「金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に」 與謝野晶子
いわずとしれた歌集「恋衣」所収の短歌。夕日を背にすると、まるで、銀杏(イチョウ)の葉が金色にかがやいて散っている様子と、その葉の姿が「鳥のかたち」にもみえなくない情景を謳った一首です。ちなみに、正確にいえば、銀杏(ぎんなん)とはイチョウの種子のこと。独特の異臭を発するため、街路樹(銀杏並木)への採用にあたっては、果実のならない雄株のみを選んで植樹される場合もあります。

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posted by 草森冬弥 @ 5:55 AM

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